生活自律の総合サポート マイウエイ協会

  2007年10月31日
生活者が見えていない死角

 この半年、新聞・テレビ・雑誌と、終末期の記事を目にすることが非常に多くなってきています。
 しかし、多くの情報が手に入る反面、取捨選択が難しくなってきていませんか。
 そんな中で私たちは、なにを大切に、なにを守ればよいのでしょうか。

 7年前に出した、『葬祭革命〜医療と葬送のはざまで〜』は、「自分の命の終わりをどう過ごしたいか、どう守りたいか、最後の最後まで命を輝かせて欲しい」、「命の終わりに自分の生き方と向かい合って欲しい」、「一人として同じ生き方の無い人生の中で、各々の大切にしていることを見つけて欲しい」との願いで書いた本です。
 「自分の人生を生ききりました、ありがとう」と私の腕の中で息をひきとった人の最後のぬくもりが私に勇気を与えてくださりました。
 しかしその中で私が思うのは、その人の尊厳を未熟な私が何処まで受けとめられたのか。
 毎日が自分との向かい合いの中で、日々思うのは「なんでこんなに生活の仕組みが細分化され、それぞれの生活の中で生きにくい社会になってしまったのか」ということです。
 医療の中では、先進医療・在宅医療・介護保険等々の専門家の細分化、法律の世界での専門性の細分化等々、日々穏やかに生活していれば気が付かない、突然のトラブルやライフパニックに遭遇しない限り気付けない現実が、今、たくさん起こっております。

 例を記します。
 体調が悪く病院に入院され検査で肺がんが見つかりました。それも終末期のがん。ご本人は青天の霹靂で頭の中は真っ白、ご家族もどうしてよいのかわかりません。
 命の現場では、医師により、本人、家族に病状説明と確認はされていますが、医師の話す専門用語は一般の生活者には宇宙人用語に等しいのです。
 「サイン、印、ハイ、わかりました、よろしく」と患者、家族はわかった振りをしてしまいますが、本当は全くわかっていません。
 私が現場に後見人として入りびっくりするのは、途中までよろしくと言っておられた方が急に「私は病院に入っているので安達さんに後見人で入ってもらうと先生が怒るのです、私が人質になっているので穏便に」と言われ、自分の納得のいかない治療を受け途中で、「やはり頼みたい、生きている間に一度家に帰りたい」と泣かれ呼ばれるケースが増えています。
 また、「先日私の知り合いの看護師に相談したら今の治療(薬を含む)はおかしいと言われたのですが」と、十年も前の現場ナースだった人の話を信用して、一生懸命、患者と向かい合っている医師へストレートに話された後、私に「医師が私の話を聞いてくれない、どうにかして、医師を変えてくれないか」という相談も増えています。
 先進医療は急速に進歩しているのです。

 なにがおかしいのか、お読みいただいています貴方にはわかってもらえるでしょうか。

 普段、気が付かない生活の死角に囲まれている私たちの生活の中で、貴方は今、なにを大切に、なにを守るかを考えて今日の生活を過ごされておられますか。



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