生活自律の総合サポート マイウエイ協会

ファイナルステージプロデューサーコラム

「故人の意志と家族の気持の狭間でのお見送り」


皆さんお久しぶりです。自書「自分の柩はかつげない」の出版以来 2年半ぶりのコラムです。皆さんお元気でしたか。
この間たくさんの方々からファイナルステージのご依頼をいただきました。そして様々な人生の最後により添わせていただきました。
 ファイナルステージで大切にしている事の一つに「故人の意志」があります。今までの経験で、「故人の意志」がご家族に伝わっている場合、遺されたご家族が見送りの形を決めていくことがとても容易になります。 そして見送り後の新しい生活に馴染む時間が早くなります。その訳で「故人の意志」が大切となります。 しかし今回ご依頼いただいた見送りでは、違う経験をさせて戴きました。

「故人の意志と家族の気持の狭間でのお見送り」

 故人(以後Mさん)は、会社をリタイヤされて10数年、地域活動に積極的に貢献されていらっしゃる方でした。 数年前、たまたまMさんの地域で行われたマイウエイ協会のファイナルステージ講習会にMさんは参加されました。
そしてファイナルステージの考え方に共感いただいたMさんは、その後数度行われたファイナルステージ講習会にも積極的に参加いただきました。

 先日そのMさんのご家族から、突然亡くなられたと、生前Mさんからマイウエイ協会の話を聞いていたという事でご連絡いただきました。
 早速安置されている病院へ向かいました。
昨日迄のMさんの事をご家族から伺った所、Mさんは、体を動かす事が好きで日々ご自分の健康管理をしっかりされており、 亡くなる原因がわからないとのことでした。ご家族は当然パニックになっておりました。
 病院からは不審死という判断をうけ、警察の検死を受ける事になっていました。 私はご家族がまず落ちついていただくために、これからMさんがどのようになるか、ゆっくりと説明しました。 そして同時にMさんの事の聞き取りを始めました。今までに同様のケースがあったため、 Mさんの場合も病院での検死が終わりそのままご家族のもとへ戻していただけると考えていました。

 しかし、結果は監察医務院での司法解剖となりました。
「なぜ?」見送りに数多く寄り添っている私の目から見て疑問が起こることでした。
何のために解剖するのか?以前確かマスコミで取り上げられていたことですが、 「日本の司法解剖は先進国の中でも少ないのでもっと司法解剖率を上げるべきではないか」 事件性をいえば私は専門家ではないので何もいえませんが、 人の最期に数多く寄り添っている専門家としていえることは、検死や司法解剖を判断する時に、 残されたご家族の気持にもう少し配慮して欲しいのです。そしてただでさえ大切な人を突然亡くしてパニックになっているご家族に、 より以上のパニックを与える事に何の意味があるのかと考えてしまいます。 ご家族は司法解剖を望んでいませんが監察医の決定に従わざるをえません、言われるままにするしかないのが現実です。
 結局、前夜に病院へ搬送され、警察や監察医の検死を受けて病院から監察医務院へ移動して司法解剖を行ない、 その後ようやく自宅へご安置できたのは夜の6時過ぎでした。 この間のご家族の精神的肉体的負担はどれだけ大きいかを関係者に少しでも想像して欲しいものです。

 話を戻しますが、私は病院でご家族にお会いしてからMさんの見送りについての話を始めました。 まず、パニックになっているご家族に落ちついてもらうためにMさんの安置場所を決めていただくことにしました。 今までの経験上ご自宅に安置されると、ご家族に安心感が生まれます。 その意味でご自宅の状況も合わせて伺い、私がご自宅への安置を考えておりましたその時、ご家族から 「まずは自宅に連れて帰りたいです」とご希望されました。そして、Mさんをようやくご自宅に安置する事が出来ました。

 私は、ご家族が少し落ちついたところで具体的な見送りの形を作るために、ご家族が聞いているMさんの考え方、 そしてそれに対してのご家族の考え方を伺いました。私はご家族の体力と精神状況を考えて見送りの形を決めるのに ある程度の時間が必要と感じました。そのため1日目は、Mさんの考えとそれに対してのご家族の考えを伺いまとめ、 何が不安なのか問題を整理して解決方法をいくつか提案しました。
2,3日目とその問題の解決方法をご家族の中で選び実行していただきました。 2日目の時点で会場を借りる事になり、5日間ご自宅安置出来るようになりました。

 Mさんはファイナルステージの講習会に参加されていただけあってご自分の最期の事をご家族にかなり具体的に話されていました。
Mさんがご家族に伝えていた事は
檀那寺の見送りを色々な経緯から拒否されていました。この事はご家族の中では了解済でした。
又、多くの会葬者を呼ぶのではなく家族親族だけでの見送りを希望されていました。 そして万が一の見送りはマイウエイ協会へ頼むとしっかり話をされていたそうです。
 本来はMさんの希望を最優先してご家族と共に見送りの形を作りはじめる事になるのですが、 ご家族はMさんの希望を最優先する事にためらいがありました。
 その理由は

1. 檀那寺の件でMさんのご兄弟への話がなにもされていない事でした。 (この件はもともとMさんがご自分で整理されることになっていました。)
2. 見送りに宗教は必要ないと話をされていたMさんですが、Mさんの生活を  伺うと、仏壇の掃除等Mさんがおもに行っておられお経もきちんと読まれていたそうです。(そのことでMさんはご自分の心の中できちんと宗教を持っていらしたことがわかりました。)
3. 地域活動に積極的にリーダーとして参加され大変多くの方に慕われていため、親しい方々から是非見送りをさせて欲しいと願われました。

 以上の事はご家族の中で話し合い一致した意見として決めていただく必要があります。 そのために約3日間時間を掛けて無理に私達から進めず寄り添うことアドバイスする事に徹しました。

 結果としてご家族は、

1. 檀那寺の件でMさんのご兄弟と話をされMさんの気持を理解していただく事が出来、見送りに関して全てご家族に任されましたました。
2. ご家族はそのMさんのご兄弟の優しさに感銘され、宗教を必要としないとのMさんの意志でしたが、Mさんのご兄弟のためにも縁のある僧侶に通夜葬儀のみをお願いする事にしました。
3. Mさんを慕っている方々には出来るだけ親しい人だけに会葬をしていただくようにして大げさにしないとのMさんの意志に沿う事にしました。

 このことがとても大切なことと、読者の皆さんにわかっていただけると思いますが、Mさんの死後数日の中でご家族は、 パニックでなにも考えられない状況から、徐々に他人を思いやる心へと変わっていったのでした。
 このようにご家族が心を一つにして突然の悲しみを乗り越えようとご家族自らがご親戚やMさんの関わられた方々の 事を思いやれる事が出来るようになった事で、私はMさんの意志通りに見送りを行う必要を感じませんでした。

 ファイナルステージが終わりご挨拶した時にご家族から『本当にこの見送り方で良かったのでしょうか?』 やはりご家族はMさんの意志に忠実ではなかった事に一抹の不安があるようでした。 私からは『Mさんは、意志も含めてご家族に全てを託したので、ご家族皆さんが考え納得した事に逆に喜ばれているのではないですか』 と申し上げました。
ご家族はほっとした笑顔で答えてくれました。

 残念ながら見送りの現場では人の最期の形をカタログで決めてしまう事が多いようです。 私達はファイナルステージを「見送る人」と「見送られる人」が互いに「ありがとう」といえる場と考えております。 それには「見送る人」が見送りを全て業社任せにするのではなく自らが「見送られる人」の事を考え行動する事が大切です。 そのために私達はそばに寄り添いお手伝いをいたします。それが私達の目指すファイナルステージです。不安を感じたらいつでもご相談下さい。




去年の暮から正月にかけて東京は例年になく寒い日が続きましたね、 でも街でなにげなく街路樹の下に目をやると、すでに水仙が元気良く葉を伸ばし花を咲かす準備をしていました。 元気出ますね!
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